「企業の目的は社会貢献にあり、その結果目標として利潤追求が有る」

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現代社会は、片目だけで見て蛇行しやすい時代となっています。
「企業の目的とは利潤追求である」という言葉が一人歩きしていろんな毒を流している。
これは右目だけの「結果主義」になっており、拝金主義の一種の信仰のようにもなっています。
そのようになってしまった原因は、目に見えにくいモノをないがしろにしてしまった見方、
唯物論のまん延にあるでしょう。右目の表面的な「利潤追求」しか見ていない。
片目なのに両目で見ていると錯覚すると大変な事が起きて来ます。

誰であれ、順境で調子良く行っている場合はいいでしょう。しかし、逆境で何をやってもうまくいかないような時などはどうでしょうか。また、欲が強すぎるような人たちの場合はどうでしょうか。利潤を上げるための方法論に歯止めはかかりにくくなります。
法律に触れさえしなければ何でも有りの世界、ちょっと考え違いをするだけで、非合法な手段でもやってしまいます。

利潤を上げるための原因部分、コインの価値を支えてくれている裏側を見るべきです。
いろんな仕事が利潤を上げ拡大再生産していくための必要十分条件は何か?
それは、提供しているサービスや商品が対価を支払ってくれる顧客にとって役に立つものでなくてはなりません。顧客が支払ってくれた対価以上の満足を与える事が出来なければ利潤を上げ拡大再生産していく事は出来ません。よって、企業理念、経営理念の中になくてはならない要件は「社会に貢献しお役に立ちたい」であるはずです。
「社会貢献」と「利潤追求」この両方をバランスよく両目で見なければなりません。

この両目で「利潤追求」しか見ない結果至上主義だとどのような行為が導き出されるかを考えてみてください。これは経済活動だけの問題ではなく、社会全体、人間の「存在意義」とも関連して、社会に多くの不幸をまき散らす原因ともなっているのです。
人として、やはり一番気になるのはどうしても結果です。
刑法で罰される事や良心の呵責を無視すれば、結果を上げる一番手っ取り早い方法は他者の積み上げたものを横からいただく事になります。刑法犯の増加や企業犯罪の多くがこのような流れの中から起こっているはずです。引きこもりや精神障害などの原因もそうです。
どうしても片目で見がちなために蛇行しガケにぶつかったり谷に落ちたりするのです。
両眼で見なければ曲がりくねった山道のような人生を無事に歩む事が出来ないでしょう。

「企業」を見る場合に、「社会貢献」(陰)と「利潤」(陽)の両目で見ていただきたい。
「労働」を考えるに、「お役立ち」(陰)と「給与」(陽)の両目で見ていただきたい。
「企業の目的は社会貢献にあり、その結果目標として利潤追求が有る」
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