俺がまだ岡山市で専門校生をやっていた頃の話である。
出身が近いある友人との会話中に「はじめて岡山市内に住み始めたとき何をした?」というテーマに話題が移った。
(どちらも岡山市から離れた地域の住民だったため、学校に入学する時に一人暮らしをはじめたという同じ境遇をもっていたのだ。)
…友人はあるエピソードを淡々と語りはじめた。
大抵の人は、自分が借りた部屋の周りから探索を始めていく。スーパーマーケットやコンビニ、キャッシュコーナーや本屋などの場所をチェックするためである。
もちろん彼も例外ではなかった。
しかしその行動が元で恐怖のどん底に叩き落されるとは誰が想像出来ただろう…。
ある商店街を自転車で探索していた彼は、自分の背後から妖しい気配を感じた。
振り向くとそこには水商売風で派手目なお姉さんが同じ方向に自転車を走らせている。
ただそれだけの筈なのに、なぜ妖しい気配を感じたのだろうか…。脳裏を不安がよぎる。
折りしもちょうど交差点に差し掛かり、運悪く信号は赤に変わった。
その時である。
ブレーキレバーを握り、サドルにまたがっている彼の股間に背後から鋭く何かが走った。
「握られている!?」
瞬間何が起きたか分からなかったのだが股間に伸ばされたものが真っ赤なマニキュアを施された手だと認識した彼。
そしてその手から恐る恐る視線を移すと、先程のお姉さんが意味ありげな微笑をたたえているではないか。
高まる恐怖感。背筋を冷たいものが通っていく。何故僕がこんな目に!?
だがそれにも増して感じるこの違和感は何だ。行動も異常だがその外見もどこか異常だ。
その濃いメイクは何かを隠しているのか!?
驚きと恐怖で凍りつく友人。
だが衝撃はそれだけでは終わらなかった。彼はさらに地獄へ叩き落される一言を聞いたのだ!
「ふふっ…カタくなってる…」
そう彼の耳元で囁くと、ゆっくりとペダルを漕ぎ出すお姉さん。
信号は青に変わるが、身動きできず立ち尽くす友人を置いてお姉さんの乗る自転車は次第に遠ざかって行く。
そしてお姉さんは商店街の昼なお消えぬ闇へ紛れていったのであった…。
衝撃の告白をした友人は言う。
あれは女じゃなかった、と。
著:戦車
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