それは、ある寒い冬の朝のこと・・・。 用を足しに行った私は、水洗トイレの水に氷が張っているのを発見した。
今朝の寒さに少し驚いている私の中に1つの衝動が生まれた。

己の衝動に突き動かされ、おもむろにコックを回す。
いつもの水がいつものように流れていく。
しかし次の瞬間、私は自分の目を疑うと共にその所業を後悔した。
水が・・・水が・・・。

無意識に一歩後へ下がるが、ドアに退路を塞がれる。
眼前では怒濤のごとく水がその体積を増してゆくが、私にはもうどうすることも出来ない。
もう数十秒の後、訪れるであろう人生最悪の事態が脳裏をよぎる。
数秒が悠久とも思える空間に独り、私は器を見据えたまま、ただ立ち尽くしていた。
あぁ・・・大自然の力の前には、人間とはこれほどまでに無力なものなのか。

人間が自然の中で生かされていることを悟ったその時、こもった亀裂音がした刹那、災厄はけたたましい音と共に闇へと吸い込まれていった。
朝っぱらから顔面蒼白。ダンディーが台無しである。
数十分の後、朝日に向かう車のシートにもたれて「もう馬鹿な事はすまい」と心に誓う私がいた。



URI-WORKS「本当にあった怖い話」より
著:うり




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