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| 10.08/11(水) 「快食・快眠・快便」 |
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| 毎朝、目覚めとともに布団をマット代わりに約20分間、私の考案したストレッチ・・。 |
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| 続いて勝手口より5m、外気に触れながら離れのトイレに移動。ここで気温の予測を・・。私の感覚は、概ね1〜2℃のずれにて、ほぼ当たり! |
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さて、便座にて・・。通常は、先ず髭剃りです。真冬であればマイナス5℃は普通であり、真夏の今ごろは大体30℃・・・。あれこれとモノ思いながらの、およそ5分間。
ほぼ剃り終えるころ、家内が甘いコーヒーを届けてくれます。
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毎朝の、この5分間に続く排便の時間が・・コーヒーを啜りながら、微妙に“自分という現象”と向き合う・・至福とは言わないまでも、私は、何だかとてもありがたい気分に浸れる。
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| そんなとき、ふと思い出したのが「快食・快眠・快便」だった。 |
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私自身は、快食OK!快眠OK!快便もほぼOK!・・しかし、これは身体的なレベルでの満足感でしかない。
社会的な存在である人間としては?
グループホームで“認知症を生きる”お一人お一人の・・・皆さんの人生は?毎日をどんな思いで生きておられるのだろうか?
眠るためだけのような居室と、三度の食事を取り、テレビを見たりレクレーションに参加して過ごすホールでの時間。
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私は、皆さんの生活について考えてみる・・。
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時間の流れの中で無為に過ごされる・・そんな風に見えるのは?
きっと何が楽しみなのかさえ・・忘れ?感じる“ちから”を失っている?
ただ・・確かなことが一つ。ほとんど全員が、「わが家に帰りたい!」
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私たちスタッフが、如何に頑張っても家族の代わりにはなれない。だからこそ、少しでも居心地のいい環境作りと、寂しさを軽減できるように寄り添うケアに努めることが、私たち全てのスタッフに求められる。
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しかし、何を・・介護の現場に働いて4ヶ月が過ぎた。私は、業務の流れに追われることなく、お一人お一人との関わりに重心を置いたケアで行こうと心に決めた。
アサーティブに!! |
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| 10.01/31(日) 「人はなんで生きるか」 |
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| 岩波文庫、トルストイ民話集のタイトルです。 |
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| トルストイと言えば「戦争と平和」あるいは「アンナ・カレーニナ」という大作が知られる世界的な文豪です。しかし、私はそのような文学には見向きもしない、実に横着な人生を送ってきた。 |
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どちらかといえば、マイナーな文学に向かっていた私が、「人はなんで生きるか」「火を粗末にすると・・・消せなくなる」「愛のあるところに神あり」「ろうそく」「二老人」・・1993年12月に出会ったのが、この5篇からなるトルストイ短編集です。
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さて先日来、訪問介護の実習で同行した私は、老老介護もそうだけど・・介護を受けなければ生きてゆけない人たちについて、手厚い介護をされている家族の方達の「私が死んだら、この人はどうなる?」との“想い”と出会った。
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| そんなとき、ふと思い出したのが上述の短篇「人はなんで生きるか」だった。 |
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・・・人間の中にあるものは何か、人間に与えられていないものは何か、人間はなんで生きるか・・・岩波文庫 赤619-1 p.7〜p.54のp.46
物語の主人公ミハイル(=神の罰を受けて地上に落とされた天使)が与えられた三つの課題。
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私は、あの大トルストイがこんな短篇を世に出していたことにビックリ。
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ミハイルは語ります。
「わたしは、すべてのひとは自分のことを考える心だけでなく、愛によって生きているのだということを知りました。」そして、将来のことを心配する人たちを見て、「何が必要かを知る力が与えられていないのだ。」・・・また、人々は「自分で自分のことを考えるからではなく、人々の心に愛があることによって生きていっているのです」と。
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いかがでしょう。果たして、私たちの国で・・人々は、ミハイルが気づいたような愛に目覚めるのでしょうか?
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| 10.01/10(日) 「要介護・超高齢社会を考える」 |
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| 昨年10月より、福祉・介護の講座を受講している。半年間、学校での講義・技術実習と施設での体験学習によって、得られる資格はヘルパー1級。 |
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| 11月下旬には、4日間の施設における実習を終えて2級課程を修了。訪問介護やデイサービスはともかく特別養護老人ホームでの介護体験は、60床のほとんどが寝たきりであり、2日間の特養での実習は、およそ90%が入浴介助と排泄介助で、利用者様とのコミュニケーションが図れる状況にはなかった。 |
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私が実感したこと・・技術的には、慣れることでクリアできる。
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しかし、思った以上に神経が疲れた。
子が親の老後を看ることが、すでに当たり前でなくなっているといわれる。多くの場合、看たくないのではないと思われる。 確かに、寝たきりである利用者の皆さんを見るにつけ、とても、それぞれのご家庭での介護は無理であろうと理解できる。 |
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| たとえ看たくとも、困難な事情が見てとれる。 |
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現代社会は、じいちゃん・ばあちゃん・かあちゃんで、3ちゃん農業といわれた半世紀の昔から、高度経済成長が始まって以来、すっかり核家族&単身世帯へと社会構造が変わってしまった。今では、親とともに生きて自己実現を図るなど考えられない、まるでタンポポの種が風に運ばれた先で根付くように、巣立ってしまえばもう親元には戻ってこない。
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いや、戻るも何も・・経済・産業構造が大都会集中型へとシフトしてしまっているのだ。
さて、私たちは10年を待たず、超高齢社会へと移りゆくことになるでしょう。そして、要介護高齢者への待ったなしの対応に迫られることに・・。 |
ところで、明日、私が見学を予定している特別養護老人ホーム(定員60人)への入居待ち人数は240人・・岡山県内の“特養”への入居待ち平均人数が199人とのこと。
皆さんは、どのように老いてゆきたいですか? また、いかなる仕組みを構築してゆくべきとお考えですか?
私は、地域の活性化も視野に入れた・・地域の中でケアし合えるように、現在のグループホームのイメージを地域化した仕組みを模索したいと思う。
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| 09. 7/27(月) 「引き返す勇気がありますか?」 |
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| 引き返す勇気が、ありますか? |
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| 多くの人にとって方向転換の決断は、そんなに簡単ではなさそうです。結果として不幸な結末に至ってしまうことは、歴史を振り返るまでもなく、身近な日常の中にも多く見られます。 |
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| 先日の、トムラウシ山での遭難事故は残念な結果を招きました。その報道の中でも『引き返す勇気』が言われていました・・。 |
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| では、なぜ方向転換が難しいことなのでしょうか? |
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| 今回の事故に関連しても、それぞれの立場で様々な理由が議論されているようです。ただ、その内容は方法論としての議論がほとんどであり、人間にありがちな行動パターンからみた心理学的な議論には至っていないように、私には感じられます。 |
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ここで、極めて雑な表現ですが多くの心理的なムーブメントは、物理的な力学に当てはめて考えるとイメージし易いようです。
例えば慣性の法則です。 |
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『車は急には止まれない』し『直角には曲がれない』・・同様に、人間の『心の動きも急には止まれない』ですし、当然『180度あるいは90度は曲がれない』・・。
従って、登山にしろ何にしろ前進しようとする心の動きは、容易には転換できない。殊に、問題が顕著な形で現れる以前の状況であれば、薄々怪しいと感じていたとしても、希望的観測もあって概ね順調に進んでいると判断してしまいます。 |
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皆さんは、・・いかがです?
引き返す勇気、ありますか・・。 |
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| 様々な場面でエキサイトして・・、「言わなきゃよかった」とか「止めときゃよかった」と後悔することになる。そんなことは、ないでしょうか? |
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ところで、『自分の心をコントロール』するって勇気がいることなの?
だとしたら、ほとんどの人には無理でしょうね。 |
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| まず『勇気を出す』訓練が必要でしょうから・・。何より『勇気』そのものが無い人が多いでしょう。 |
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方向転換・・
私のトレーニングでは、単純なエクササイズをしていただくだけ・・。ですが、またの機会に! |
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| 09. 5/21(木) 「見えない敵」 |
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| 正体の判然としない相手は、確かに怖い。 |
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| しかし、人生を生き続ける中で敵は新型インフルエンザだけではなかろう・・。もっとも対処せねばならない敵は、自分自身の中に巣くっている(疑心)暗鬼という怖い鬼ではなかろうか。 |
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| 今回の騒ぎは、図らずも日本人の国民性に見られる脆弱性が露わなところとなった。 普段格別に健康管理に留意して、禁煙するとか、生活習慣を改善するとかしていないであろう多くの人が、大騒ぎしている・・。 |
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| 人生を、如何に生きるか・・。 |
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| しっかりと、見つけて日々を悔いなく生きていれば、たとえ明日が死と出遭う日であったとしても、じたばたすることでもないでしょうに・・。 |
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| いや、実際のところ・・明日の命が絶対に大丈夫だと保証されている人間なんて、存在しない。 |
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ふと思い出したのが・・
昔に読んだ、トルストイ民話集の「人はなんで生きるか」・・岩波文庫(赤619−1)P46、10〜12行にありましたが、三つのことが書かれています。 |
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1.人間の中にあるものは何か。
2.人間に与えられていないものは何か。
3.人間は何で生きるか。 |
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| これは、神の怒りに触れて地上に落とされた天使に対して、答えが分かったら天上に戻してやろうと、許しを与えるための課題でした。 |
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| 09. 4/ 9(木) 「超努力」 |
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| 努力を超えた努力・・。 |
| 求道(ぐどう)の世界では、たまに聞く言葉のようです。 |
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と言っても、なかなかピンとこないかも知れないですね。
スポーツにおけるトレーニングを考えてみましょう。基本は走ることにあるようです。そこで、トレーニングの締めくくりに、グランド10週の走り込みがメニューとして与えられたとします。 |
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ざっと4kmを走って、さあ終わった!
ところが、コーチの一言「あと1週、行ってこい!」
いかがですか? |
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こんな場面で、かつての私は「冗談じゃない。上がり上がり」って止めてました。
超努力とは、ほど遠い世界です。 |
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こんなとき、素直にもう1週走ってくるのが伸びる人だそうです。
予定されたメニューを終えるのは、計算どおりの結果(見返り)を期待してする訓練であって、努力とは言わない。それは、ただの取引でしかない。 |
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極めて単純明快な表現ですが、妙に説得力のある言葉です。
なるほど・・本来、努力とは見返りを期待せず、無心に続ける営みであるのだと、私は納得しました。 |
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| 09. 3/ 4(水) 「対象喪失(悲しむということ)」 と 「常壊悲感 心遂醒悟」 |
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| ここでいう、対象喪失とは愛情の対象だけでなく憎しみの対象であったり、心の繋がりのあった友人など大雑把に捉えるなら、何らかの絆が形成された相手を突然に失うことだとしておきましょう。 |
さて、極めて単純な表現をするなら対象喪失における「悲しみのしごと」をやりそこねると、何年あるいは何十年も過ぎてから「神経症」や「うつ」といった心を病んだ状態になることがある、と言われています。 |
その一方で、法華経の寿量品(じゅりょうぼん)に説かれるところでは、常壊悲感 心遂醒悟(じょうえひかん しんすいしょうご)との一節があります。この意味は、深い悲しみを胸の奥深く秘めていると、そのかなしみに心が洗われて、ついに悟りにいたる、とされています。
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| これは一見すると、実に矛盾したことに思われませんか? |
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この矛盾の狭間にあって、かたや心を病み、また一方では悟りに至る。
私は、1990年3月2日の交通事故で最愛の母を突然に失い、現在に至るも悲しみのしごとは幾ばくかの不発弾を残しています。 |
今日は、まさに19回目の母の命日・・。 |
| さて、私の心の振り子は如何に振れるのでしょう。 |
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参考 「対象喪失」小此木啓吾 著 中公新書557
「”法華経”を読む」紀野一義 著 講談社現代新書657 |
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| 09. 2/ 13(金) しゃくに障る心理 その1 |
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喜怒哀楽とは幾分ニュアンスの違った感情に、「しゃくに障る心理」があります。
これは概ねムッとした、「面白くない気分」といえる感覚でありましょう。
多くの場合、冷静に考えれば決して理解できない状況ではないにもかかわらず、素直に受け止めることが出来ないのです。
さまざまな観察の結果、プライドの高い人ほどよくしゃくに障るようです。
どうやら知性を司る脳と感情を発動する脳の境界領域で、絶縁が悪くスパークしてしまうようです。つまり謙虚さとか礼節といった、ある意味人としての品位を醸し出す働きが阻害される、もしくは品格が育てられずにいると考えることができるでしょう。
実に簡単に表現するならば、「我が儘」な人が最もよく「しゃくに障る」といえるようです。
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| さらに、これに短気が重なれば「癇癪」となります。 |
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| そっと見回せば、きっと皆さんの周りにも、しゃくに障る人がいらっしゃるのではありませんか・・。 |
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| 09. 2/ 5(木)「ことば」のちから |
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| かつてのクライアントからメール。 |
リストラ。。。
春に控えた結婚を前に、突然の解雇通告を受けて・・。
「やる気がなくなった。結婚にも躊躇してる」
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読書療法を中心とした自立のプログラムをこなし、疎外された環境にも負けずに頑張ってきた。
出会ってから10年以上になる。 |
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無職になってしまう。
こんな私が結婚したら相手に迷惑だから・・と。 |
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| この世は万事「塞王が馬」って言うじゃない! |
| 長い人生、「微分じゃなくって積分で考えようよ」 |
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| リストラの きみに奉げん 寒椿 枯山 |
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| 09. 1/22(木)「エンカウンターハウス」って、何なの? |
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ご訪問くださった方も、何なの?って思われたかも知れないですネ。
円を数える家=銀行、なんて冗談です^^。
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| エンカウンターは名詞で「出会い」、動詞では「出会う」って意味ですが、ハウス「家・館」をくっつけた私製造語で「出会いの館」ってことです。 |
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確か1983年だったかに、岡山県の青少年課主催だったと思いますが 、一泊二日の宿泊研修に参加したことがあります。
本気でカウンセリングの勉強を始めようとしていたものの、当時・・私は興味があるからといった程度で、心理学の「いろは」を知る程度でした。 |
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| 研修は、後に知ることとなったカウンセリングで有名なカール・R・ロジャーズが提唱した「エンカウンター・グループ」という方法によって、教員・保護司・民生委員・青少年相談員など相談関係者のスキルアップを図って行われたものです。 |
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| そして、私の人生にとって決定的な出会い「内観」を知ったのも、この研修でのことでした。その後、毎年行われた研修に数回参加させていただきました。 |
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| エンカウンターハウスでは、皆さんが「本当の自分との出会い」を体験されることを期待しています。 |
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| 09. 1/18(日)このページは、私のHPにとっての実験ゾーンでも・・。 |
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「人生が、あなたを待っている」ジュニア ハドン クリングバーグ著。
今日のNHKラジオで羹尚中(カンサンジュン)東大教授が対談の中で紹介されていた。 |
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「夜と霧」で知られるV.E.フランクル博士ご夫妻の、感動の人生について書かれているそうだ。羹先生お勧めの一冊ということなので、さっそく注文・・、と思ったけれど。
昔買って積読になっていた(なんと1994.9.17の購入日付け)フランクル博士の「それでも人生にイエスと言う」が、購入以来、ずっと書棚で待っている。 |
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買っておけば安心だけど、まだまだ売れ筋の本みたいだから当分絶版にはならないだろう。
「それでも人生にイエス・・」を、まず読むことにしよう。 |
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| なお、フランクル博士はユダヤ人であることから第二次世界大戦中、ナチスによりアウシュビッツに強制収容されたが奇跡的に生還。 |
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| キーワードは「人生には、それ自体に意味がある」。 |
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フランクル心理学の要点の中のさらにポイントを、名城大学 准教授 曽山和彦さんのHP
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/soyama/gakusyuukai/siryou/01-7frankl.htm
より引用しておきましょう。
従来の「自己実現」心理学の・・・
・「あなたの本当にしたいことは何か」
・「あなたの夢は何か」
・「あなたの人生の目標は何か。どんな希望や願望を実現したいか。」
に、対して・・・
フランクル心理学では
・「私は,この人生で,今,何をすることを求められているのか」
・「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は,どこにいるのか」
・「その誰かや何かのために,私にできることには,何があるのか」
と説く。
つまり人間は「幸福のパラドックス」に陥り,慢性の欲求不満を避けられない。だから,人間は「自分のしたいこと」ではなく,「人生が自分に求めてきているもの」を発見せよと。
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| 09. 1/16(金)Red Zone スタート |
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このページは・・
どんな記事で埋めましょう。 |
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| メールでいただいた、ご質問をテーマにした私からのメッセージ、なんて良いかもネ。 |
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決してメジャーじゃないけれど・・
知って損しない、人生を幸せに生きる秘訣とか。 |
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最低でも・・
1週間に一度は更新して、非常識の常識が重要である証明など、試みましょうか^^。 |
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| まずは、エンカウンターハウスにおいでいただき、カムサ・ハムニダ! |
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| 09.1.16 22:32 |
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