フラクタル陰陽学 玄明 |
■ フラクタルとは? フラクタルとは、幾何学の概念で、自然界には全体と部分に自己相似性があるという数学理論。 簡略化した数式の計算を繰り返すことにより詳細な全体像を描くことができるのでCG(コンピュータ・グラフィクス)などで活用されています。 たとえば、海の絵を描く時に単純な波の絵を基本に描くのですが、岩場に打ち寄せる波とかぶつかり合う波とか計算させながら複雑な絵を自動的に描いていきます。 その延長線上ではリアルな映像が生まれるのですが、その画像のどの部分でも小さく切り取って拡大してみると、そこには、最初の基本となる簡単な波の形が有るのです。 大自然は、枝葉は複雑に生い茂り、複雑に絡み合っているように見えますが、その底辺に流れているものは、これと同じように意外と単純な形で成り立っている可能性が有ります。その法則が、各所で自己展開しながらこの大宇宙を創りだしていると思えるのです。考えてみれば、算数の答えが偶然に出るわけもなく、化学(科学)の実験でも偶然に結果が出るわけでもありません。 必然として、当然の如く答えは出てきます。 大自然の営みも、私たちの人生でも、あまりに複雑に要素が絡み合っているから見えないだけで、本当は数値化して数学的に計算出来るものなのかもしれません。表面的なモノに惑わされ本質が見えなくなっているだけかもしれません。 隠されたモノ、目に見えないモノを見ようとしない、思考停止している為に混沌としているだけでしょう。枝葉を落とし、その奥に流れている真理ともいえる法則を知る事で、私たちの認識も広がり、人生も、社会も、より良く、より素晴らしいものに変えていける可能性が出てくるのではないだろうか。 ■ 陰陽学 また、この宇宙は陰陽の関係で成り立っているとも言われます。 この陰陽学とは、世界には互いに対立し依存し合いながら万物を形成している 陰・陽2つの気が有るという考え方ですが、この考えは東洋だけの考え方ではありません。アメリカインディアンのナバホ族やオーストラリアのアボリジニの伝承にもある考え方のようです。確かに、この地球もNS極がありますし、電極のプラスとマイナスや男女、優しさと厳しさ、調和と進歩、遺伝子の2重ラセン、抽象的なものから具象的なものまであらゆる事の中にそれらしき形が有り、その他にも、この宇宙が2つの要素で成り立っている事を証明するような材料がいっぱいあります。 ○素粒子論 自然界の最も基本的な物理法則を探究する物理学で、すべての素粒子は反粒子とペアで存在しているということがわかっているようです。 ○コンピューターの2進法 私たちが使っているパソコンもゼロイチという2進法で制御され、高速で複雑な仕事を処理しています。この複雑な宇宙自体も案外そんなモノかもしれません。 ○空間と時間 交通事故などもこの二つがそろわなければ起きません。人との出会いなどもそう。 ○陶芸も、人生も 思い(イメージ)と行い(具体化)で成り立っている。 ■ フラクタル陰陽学とは この考え方は、世界が遺伝子の2重ラセンの如く陰陽の2極で構成されているという認識からスタートしています。 結論から先に述べますが、神は自らに似せて人間を創られたという言葉も有り、 まさしく、この宇宙(世界)の秘密が、私たちの活動を統御している右脳と左脳のクロスした十字架の中に込められていると言っても過言ではないと考えます。 人は何事かを判断する時に感覚的なモノ(好き嫌い)と理性的なモノ(損か得か)の2つの物差しを使います。これは右脳左脳の持っている特徴とも関連しています。 判断に際してこの両方をバランスよく使って考える必要が有るのですが、世の中の色んな事を見ていると、この2つの物差しをバラバラに使ったり、感覚的なモノも理性的なモノもその中身において深く探求することなく処理している事が多いようです。優秀で立場も有るような人でも、変な判断をしている場合がよくあります。 この陰陽学での考え方のキーワードは、両目で見ること。 片目だと物事は平坦にしか見えずに距離感もつかめません。 非常に歩きにくく、作業するのにも支障をきたします。 当然、視覚的なモノだけでなく、物事を立体的に考える事はとても大切です。 2つの目で見ると立体的に見える理由は、それぞれの目が、片方の目で見られない映像をほんのちょっとずつ補って見せてくれているからのようです。 これは人生という道を歩いていく場合も同じでしょう。 誰しも経験の有る事ですが、人は、どうしても目に見えているモノ、目先のモノ、表面的なモノで判断しがちで、見えないモノを無視(思考停止)して色んな失敗をします。感性と理性、共に片目で暴走させることなく両目で見て、目に見えにくいモノも見ようとする努力が道を開きます。 したくてもやってはいけない事も、したくなくてもやらなければならない事も有ります。 また、それぞれに、人時所によっても判断は違ってくるので、私たちは、非常に難しい課題の中を生きています。 うつ病なども大きな社会問題となっていまにくいモノを無視して、片目ずつで見ているが為に起きている蛇行現象でしょう。 政治や経済の蛇行現象も、フラクタルであり、躁鬱病と相似形を成しています。 ソウウツ病は蛇行して病的になっているから問題なのであり、誰でもソウ状態とウツ状態を緩やかな波の中で生きているはずです。 うつ状態は、陰陽で言えば左目です。そう状態は右目です。 その右目(感覚)ラインと左目(理性)ラインが大きく上下している感じでしょうか。そして、それぞれのラインの中でも○×を固定化させ決めつけて見る為に不安定になりやすいのです。この十字架が暴れていて、クロスすることなく、また、小さく偏ってもいるのです。何か落ち込む要素が有ると自分に×を付け、次第に気力も失せてしまいますが、その結果や自己評価なども複眼で見る事でなんて事無かったり、別の新たな道が見つかったりするわけです。このことは、同じく政治・経済でも一緒で、立体的に正確に見れないから、良かれと思ってやった事が景気の足を引っ張り人々を不幸の淵に引きずり込み、国家存亡の危機まで招いてしまうのです。 別の言い方をすれば、現代は結果主義(右目)になりすぎているのです。 資本主義の父とも言われる渋沢栄一の著書に「論語と算盤」が有りますが、表面的な成果(算盤)ばかりに目が行って、その結果を産み出している精神性を忘れているのです。それ故に心も社会も苦しくなっているのです。 多くの人が陥っている「企業の目的は利潤追求である」との誤った認識も見えにくいモノを無視した結果主義であり片目だけで見ている認識です。 その反動で左翼思想のように優しさを偏重する気風もおこり政治経済をはじめ、社会全体を蛇行させ、多くの不幸を知らずに造り出しています。自民党の中にも多数居ますが、左翼思想に陥った人達が政権を握ると、蛇行している為に自己の内心の正しさにこだわり全体主義の社会を造ろうとし始めます。 まさしく、政治経済レベルでのソウウツ病が蔓延している状態なのです。 結局の所、目に見えないモノを見ない、思考停止しているにも関わらず、正しく認識している、見ていると勘違いしている所に問題があります。 陰陽の十字架、その世界が小さく、また、バラバラに見ているのです。 陰陽の基本は目に見えにくいモノと見えやすいモノの関係であり、 目に見えにくいモノは人時所のそれぞれに有ります。 ○人間・・・混ざって見えにくいモノ 思い(イメージ)と行い(具体化)の関係 悟性、感性(空間的)なモノと知性、理性(時間的)なモノ 好き嫌い(情)とプラスかマイナスか(理)で判断している ○時間・・・重なって見えにくいモノ 原因(どのようにして)と結果(どうなった)で成り立っている。 ○空間・・・離れて見えにくいモノ 他者・環境と自己の関係で成り立っている。 人生上での判断は、この「人・時・所」の要素が複雑に絡み合い混沌として来るのですが、両目、両手、両足が有るように常に2対で物事を考え行動しようと努力していれば、大きく道を踏み外す可能性は少なくなるのではないでしょうか。 両目で見るとは、物事を立体的に見る事であり平面的に見ている場合と大きな違いが出てくるでしょう。立体的に見る為には、2つの視点が要ります。 常に両面で考えることであり、もちろん、それぞれのに絡み合うのできちんと分かれるモノではありませんが次に簡単に例を記しておきます。 人間(感情と理性)・・・(魂と肉体)(マインドとスキル)(思いと行い) (優しさと厳しさ)(好き嫌いと損得)(権利と義務) (自由と責任)(短所と長所)(イヤな面と認めるべき面) (論語と算盤)(動機と結果) 時間(原因と結果)・・・(コインの裏表)(信用と価値)(資産と債務) (戦術と戦略)(貸方と借方) (社会貢献と利潤追求)(思想宗教と政治経済) (歴史上の事実と歴史認識) 空間(環境と自分)・・・(相手の立場と自分の立場)(あの世とこの世) (他者の正しさと自己の正しさ) (仏神の正しさと自己の正しさ) 例えば、長所にはそれ自体に欠点に転化する要素も有り、短所でっあても逆に成功への種にしていける事もある。見方を立体的にしていくと、成功を継続させ失敗からも成功の道を見つけだす事も可能となるでしょう。 |
入り口
陰と陽、両面で見ませんかという提案です
(悟性)感性 と 知性(理性)で見る (右脳・左目と左脳・右目) |
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したいのか?したくないのか? | するべきか?するべきでないか? |
好き・嫌い | プラス・マイナス |
心 | 頭 |
他者 と 自己 の視点で見る (分離している関係) |
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(目的) 社会貢献 | 利潤追求 (目標) |
権利 | 義務 |
原因 と 結果 で見る (重なっている関係) |
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心象世界 | 現象世界 |
その現実を産み出した背景 | 歴史的事実 |
(設計図) 設計者 |
制作者 (製品) |
十字架で見る | |
あの世 | この世 |
責任 | 自由 |
マクロ | ミクロ |
戦略 | 戦術 |
片目になっている最たるモノ
歴史問題・・・・何故そうなったか?原因や背景部分を見ようとしないで出た結果だけで見ている。東京裁判の結果のみ。
戦後、東西両陣営から自虐的歴史観を吹き込まれ、暗示にかけられたままの人のなんと多い事だろう。考えるという事の本当の意味を知っているのだろうか?
ダーウィンの進化論・・・・このようにしてこうなっただけの説明であり、なぜ、そのことが可能となったのかその背景にふれようとしていない。思考停止も甚だしい。未だに多くの人がその信仰の元にある。両目で見ようとさえすれば、そのカルトから解き放たれるのだが・・・・・。
企業の目的、働く目的・・・・・利潤追求であるとする片目の見方が、多くの人々の価値観に影を落としている。結果至上主義が蔓延し多くの魂が苦しんでいる。
宗教・・・・・宗教の世界も経済活動と同じく、結果主義になり、御利益信仰となりはてている。自己中心的な宗教観、我のみ正しいとする見方がいろんな争いを生んでいる。双方の宗教観を両目で見ているさらなる上位の神霊を考えてみる事。両目で見ると、宗教とは「真理の探究」に他ならない。
人生・・・・・結果を中心にしか見ないために享楽主義や虚無主義になりがち。しかし、両目で見ると、その存在意義は素晴らしき感動をともなったものとなる。
結果には必ず原因があり、結果は次なる原因となって永遠に循環している
この4つの空間は人間の血液型とも相対関係にあり
それぞれの個性(使命)が重なり合い素晴らしい社会を産み出そうとしている。
それらが循環して、プラススパイラルかマイナススパイラルか、どちらかの流れを起こしています。
個人も社会も、それぞれの空間が空っぽだったり間違ったものが入っていては
理想的な結果は出てきません
すべてのものは 陰(玄) と 陽(明) で成り立っている
見えにくいもの と 見えやすいもの
「心の教育」 「頭の教育」
→ 思想の教育 → 道徳の教育 → 知性の教育 → 反省の教育 →
→(いつどこでだれが何を→なぜ) → (どのようにして→どうなった)→
→(認知→判断) → (行動→結果)→
→(悟性→感性) → (知性→理性)→
諸法無我 (空間論) ----- 諸行無常 (時間論)
両目で正しくクロスして見ている状態が
涅槃寂静の境地
愛 ----- 信仰
「信はたて糸 愛はよこ糸 織りなせ 人の世を 美しく」(岡崎嘉平太)
イエスの十字架
「因果の流れを4つの空間で見る」
→(悟性→感性) → (知性→理性)→
理性・・・・・(反省と未来設計の教育)
反省の習慣のチェック
理想を描く能力のチェック
求められているもの・・・・・・・反省
知性・・・・・(知性教育)
(手段方法のチェック)規制、報償、賞罰、対症療法
法学・政治学・行動学・言語学・医学・経済学・農学・理工化学・国際関係学
求められているもの・・・・・・・知(特に真理知識)
感性・・・・(道徳教育)真善美の考察
(思いの方向のチェック)マイナスを抑えプラスを産み出す思いかどうか?
(表現、報道の自由のチェック)間違った暗示を与えていないか?
文学・芸術・マスコミ・情報科学・心理学・倫理学・偉人伝
求められているもの・・・・・・・愛(与える愛)
悟性・・・・(思想教育)
(人生観、世界観、宇宙観、宗教観のチェック)根治療法
・政治家の人生観、思想宗教の公開
・犯罪者の宗教、思想背景の公開
・各宗派の思想内容の公開と討議(時間、空間、主体『人』、客体『テーマ』)
思想哲学・宗教学・分類学・歴史学
求められているもの・・・・・・・発展(悟り)
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